クリスティーの短編の拾遺集といえる 1 冊。新聞・雑誌に載ったきりになってしまっていた幻の作品などが含まれている。
そう聞くと、つい箸にも棒にも引っかからなかったものの寄せ集めか、と思ってしまう。しかし、まったくそんなことはなく、むしろ珠玉の作品集だった。ミステリーはもちろん、幻想的なもの、ロマンチックなものなどバラエティーに富んでいて、クリスティーの懐の深さに感嘆する。ミステリー以外のもので感じたことは、なんと表現力が豊かだったんだろう、ということ。ミステリーではストーリーを追うばかりで気がつきにくかったが、ミステリーでない作品では、それが際立って見えた。
印象に残っているのは、「孤独な神さま」と「壁の中」。どちらも絵画がキーになっている。クリスティーのミステリー作品では絵画はほとんど扱われていない。自伝の中でもそれほど絵画については触れられていなかったように思う。それだけに、クリスティーがこれだけ絵画の作品を書いていたのかというのが驚きだった。しかも、これらの作品の中で登場する絵画が、文字だけで説明されているにもかかわらず、目に浮かぶようだった。それだけでもすごいと思う。
じつは、表題作の「マン島の黄金」が一番面白くなかった。実際にマン島に行って宝捜しをするイベントための作品なのだから、一般読者には楽しめ、といわれても無理だろう。いちおう、まえがき・あとがきで事の顛末が語られているが、もっと情報が欲しかった。